イラン政府と米政府がホットライン

共同通信が18日、イラン政府と米政府が衝突回避に向けて迅速に連絡が取れるようにとホットラインを開設したと伝えている。それだけ緊張感が増していると言うことだろう。

そもそも政府は国民全ての行動を把握できるものではない。テロリストが勝手に紛争を起こすようなことはよくあることだ。そのようなとき、互いの政府の意図がどこにあるのか、即座に把握するのは大切なことだろう。

これについてイラン側はどう考えているのか、探してみようと思ってテヘラン・タイムスを開くと、トップニュースになるほどと思うニュースがあった。以下に和訳しておく。

テヘランで米国主導のクーデター事件の初公判が開かれる テヘランタイムス 24/8/18

概要
テヘラン – イランの裁判所は、モハメド・モサデク首相の民主的に選出された政府に対する1953年のクーデターにおける役割について、米国政府とその当局者の裁判を開始した。

本文
クーデターから71年目を迎えた日曜日、最初の審理がテヘランのイマーム・ホメイニ司法複合施設にある国際問題を扱う裁判所の第55支部で行われた。

約40万2000人のイラン人が起こしたこの訴訟は、モサデク追放に関与したとして、6人のアメリカ人個人と法人を標的としている。モサデク追放は、1979年のイスラム革命までモハンマド・レザー・パフラヴィの親欧米君主制への道を開いた。

原告側の代理人であるシャミ・アグダム弁護士は、「文書は、米国の諜報機関CIAが英国のMI6の協力を得て、1953年8月19日にイランの正当な政府に対して国内外のエージェントを使ってクーデターを計画したことを示している」と述べた。

アグダム弁護士はさらに、ワシントンとロンドンは「国際原則と規則に違反し、イランの内政に干渉することで軍事クーデターを企て、政府内での影響力と権力を維持し、利益を確保し、国の財産を略奪しようとした」と説明した。

同氏は、クーデターは米国と英国政府に所属する軍人や政治家、および「悪党」によって実行されたと付け加えた。アグダム氏は結論として、「実際、クーデターは、イランを以前よりも依存させ、独立と進歩を阻止するためのワシントンによるイランに対する完全な支配の始まりだった。この支配は25年以上続き、国と国民にコストと物質的、精神的損害を与えた」と述べた。

モサデク氏の追放は、米国のイランに対する敵対行為の始まり

1953年のイランのクーデターは、米国とそれほど関与していない同盟国である英国によって「アヤックス作戦」として知られている。このクーデターは、以前はアングロ・イラニアン石油会社(AIOC)が支配していたイランの石油産業を国有化するというモサデクの決定に英国が憤慨した後に起こった。この動きは、イランの石油に大きく依存していた英国を怒らせた。

経済封鎖によってイランの首相に決定を撤回させることに失敗したロンドンは、米国に直接支援を求めることを決めた。モサデクは、英国がいないときにイランが頼りにできるパートナーになると考えていた。

CIA はカーミット・ルーズベルト・ジュニアの指揮の下、1953 年初頭にクーデターの計画を開始した。この作戦は、モサデクの評判を落として不安を煽り、国王モハンマド・レザー・パフラヴィーへの支持を集めることを目的としていた。モサデクに対する国民の不満を煽る CIA の主な手段はプロパガンダだった。アメリカ人はモサデクを共産主義の脅威として描写すると同時に、反対派グループに資金を提供し、暴力的なデモを組織した。

1953 年 8 月 19 日、クーデターが遂行された。当初は失敗に終わったが、戦略的な調整とさらなる暴動の後、シャーに忠誠を誓う軍がテヘランを掌握した。モサデクは逮捕され、シャーは権力を強めて復権した。

多くの歴史家やイランの有力者、政治家が述べているように、1953 年にモサデクを倒したクーデターは、イランの内政に対するアメリカの干渉の始まりとなった。この大混乱は、本質的には苦々しいものであったが、イラン人がアメリカ人に関して学んだ最初の教訓でもあった。つまり、他国の主権、完全性、独立を尊重することに関しては、アメリカは信頼できないということである。

「米国と妥協すれば敵意が薄れるかもしれないと言う人もいる。いや、それは正しくない。彼らは米国を信頼し、希望を託し、支援を求めた人々にさえ慈悲を示さなかった」とイスラム革命の指導者、アヤトラ・セイイェド・アリ・ハメネイ師は2017年の集会で説明した。「例えば誰ですか?モサデク博士です。英国と戦い、対峙するために ― これが彼の望みでした ― 彼は米国に頼りました。彼は米国と会い、交渉し、助けを求めました。彼は米国を信頼していました。 ― しかし、モルダド28日のクーデター(1953年のクーデター)は英国によって起こされたのではなく、米国がモサデクに対して起こしたのです。」

記事 ソヘイラ・ザルファム

米国とイランは今までよりも緊密に話し合う必要がありそうだ。しかし、諜報機関が関わると、難しくなってしまうんだろうなと危惧する。

韓国では婚姻率と出産率が上がった 日本は?

7月25日の韓国・東亜日報によると、5月の出生児数が1万9547人で、2ヵ月連続で増加傾向を示したそうだ。結婚件数も2ヵ月連続で20%以上増加し、2万件を超えたという。

減少傾向にあった出生児数の増加が、結婚と出産が急減した新型コロナウイルス感染拡大による一時的な基底効果にとどまるのか、長期的な傾向につながるのかはまだ分からないと分析している。

元記事はこちら。嬉しいけど不安な結婚・出産の反騰

アメリカ合衆国中央情報局(CIA)が発表している「The World Factbook」によると、2023年(推定)の合計特殊出生率の最新ランキングでは、韓国は 1.1 で世界226位であった。最下位は227位の台湾で 1.09 。両国とも何とか少子化傾向を脱したいと考えている。ちなみに日本は 1.39 で 215 位だ。トップ10はアフリカの国々が占めていて、トップは 6.73 のニジェール。10位はブルンジの4.96 だ。

新型コロナウイルス感染拡大による一時的な基底効果はアメリカでも起きていて、2020年に落ち込んでいた米国内の結婚の件数が21年には上昇し、22年までには年間で1,000人あたり 6.2 の割合に盛り返していたことが米疾病対策センター(CDC)の報告書に記されている。

また、離婚率も減少傾向だという。2000年には1,000人に4だった割合が、2022年には2.4に減ったという。

ある心理療法師によれば、コロナ後、結婚生活を始めるカップルの質が「愛情を注いで結ばれるパートナー」から「親友に近い関係」に変化しているという。

元記事。新型コロナ禍経て結婚が増加、離婚は減少基調続く 米CDCの新報告書

そもそもコロナ後には8割の先進国で出生率が上がっているが、なぜか日本はその波に乗れていないことを、2022年7月の記事で日経新聞が伝えていた。

出生率反転、波乗れぬ日本 先進国の8割上昇

この記事は21年までの統計に基づいているが、最近三年間は日本に上昇傾向が見えてきた。ところがそれは統計のマジックである可能性があるとみずほリサーチ&テクノロジーズは報告している。

少子化に歯止めがかかったのか 近年の合計特殊出生率上昇は、統計のマジックの可能性

都市化が進んだ先進国では、ほとんどの国で合計特殊出生率は2以下で、それ以上あるのはフランスの 2.02 だけだ。ぜひオリンピックに行った人たちに、そのコツを教わってきてほしい。